h.Tsuchiya

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いらざる遺産を引き継ぐ難儀

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 昨年春、母親が死んでから難儀な課題を一つ抱えている。田舎の実家の土地

と建物を相続しなくてはならないことだ。手続きはまだ進めていないが、さほ

ど難しいものではないから自分でもできる。だが、元来、モノの所有欲が希薄

なので、こんなものは欲しくない。

 それに40坪ちょいの土地と築40年のボロ家だから、遺産というほどのもので

もない。いやこれが田畑山林付き200坪の大豪邸であっても欲しくない。東京で

の「借りぐらし」のまま生を終えてしまおうと思っている自分には、使い途が

ない。「家賃はかからないのだから、田舎に帰って年金で暮らせばいいじゃな

いか」という人もいるが、そんな了見が少しでもあったら、もっと早くにそう

していただろう。「田舎だって、幹線道路に面した便利な場所なら、借り手も

買い手もいるだろう。早く売り払えばいい」という人もいる。でも、日本全国

、どこも空き家が増え続けていて、借り手も買い手もいないのである。もし、

いたとしても両親が残していった遺品を捨てるだけでも大変な作業になる。

 難儀だと考える理由は、使わないものを背負わされることだけでなく、こう

して引き継いでしまったものを、自分の死後に渡す相手がいないことだ。自分

には娘はいるのだが、音信不通・所在不明。隣県で暮らす姉や甥、姪もこの田

舎の家や土地は「いらない」という。きっと、しち面倒な相続手続きになるだ

ろう。同様に墓のこともある。わが家の墓は三男坊だった父が自分で建てたも

のだから、「先祖代々」といっても1代墓。自分はそこに入る気はないし、今後

、供養を続ける気もない。墓所は寺の敷地にあるから、廃墓にして寺に返そう

かとも思っている。その手続きがどんなものになるかは、まだまったく分かっ

ていない。

 田舎の家と墓の相続。この難儀な課題を抱えているのは、ボクだけではない

はず。最初から「公のもの」という考え方で、廃棄費用を積み立てのように徴

収し、活用する年限が終わったら、更地にして国家が収納すればいいと思うが

、中途半端な私有財産制が定着し、しかもそれらを利殖の手段として転がす輩

がのさばるようになってしまったのだから、難儀を抱えたものたちは、個別に

悪戦苦闘するしかない。その意味では、この国はあまり賢い国ではない。やさ

しくもない。

 引き継ぎたい遺産は、目には見えないものだ。先人たちのいろんな生きざま

や集落の営み、四季ごとの自然のたたずまい……等々。でもひと世代違っただ

けで、おそらくその半分も引き継がれまい。語り継いでくれる人がいても伝わ

るものではない。それでもいい。その世代なりに見つけた生きる価値や楽しみ

があればそれが新しい遺産になる。古い糸に新しい糸が織り込まれて縄のよう

にうねうねと続くだろう。