「赤と黒のブルース」
今夜はヒマなので、YouTubeで懐メロ三昧。その中に鶴田浩二の「赤と黒のブルース」があった。もちろん知っているのだが、なぜ、このころにこんなヤクザというか、任侠世界をテーマにした歌や映画が大流行したのかちょっとわからない。
Wikiによれば、1955年(昭和30年)“歌う映画スター”として人気絶頂にあった俳優・鶴田浩二の歌でレコードが発売され、大ヒットした。とある
それにしても昭和30年の空気が読めない。当時の新製品や流行は以下の通り。
■電気洗濯機、電気冷蔵庫、テレビが「三種の神器」と呼ばれる
■日本初の「トランジスタラジオ」を発売
■広辞苑初版発行
■1円硬貨発行、50円硬貨発行
■湿式複写機 リコピー(理研光学工業)
■ラジオ TR-55(東京通信工業)
■殺虫剤 キンチョール(大日本除虫菊)
■折りたたみ傘 アイデアル(丸定商品)
■ぺんてるくれよん(ぺんてる)
そして歌謡曲のベストテンは以下の通りだった。どこにヤクザ臭はない。
1位 田舎のバスで 中村メイコ
2位 娘船頭さん 美空ひばり
3位 おんな船頭唄 三橋美智也
4位 りんどう峠 島倉千代子
5位 南国土佐を後にして 鈴木三重子
6位 別れの一本杉 春日八郎
7位 島の船唄 三橋美智也
8位 ガード下の靴みがき 宮城まり子
9位 カスバの女 エト邦枝
10位 月がとっても青いから
どうやら、ヤクザ映画が流行しだしたのは、この5年後の1960年代になってかららしい。「「やくざ映画」という呼称が一般化したのは、その東映の岡田茂(のち同社社長)が1963年に鶴田浩二主演でプロデュースした『人生劇場 飛車角』を大ヒットさせてからである」(Wiki)。一般の人は、どうしてこの歌を支持したのだろう? 時代の空気感は謎が深いな。