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爺歌37 『悲しき60才』の生き証人

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 坂本九を迎えた「ダニー飯田パラダイスキング」が 1960年にヒットさせたのが『悲しき60才』。エジプトかトルコ辺りで流行っていた音楽に適当な歌詞をつけ、「奴隷娘に恋した男の生涯かけた片想い」という悲しい話なのに、妙に明るい曲
になった。ガキのワシも「ヤムスタファ―ヤ、ムスターファ♪」と乗っていた。(この頃、森山加代子の歌も意味不明な歌詞が多かったなぁ)。
 このバンド=パラキンは、実に多くのメンバーが出入りし、初代メンバーには水原弘もいた。でも、次々に鬼籍に入り、初期から現存しているのは佐野修のみ(右下のイケメン)。その彼は、今日8月25日が誕生日(1946年)で72歳になった。パラキン最後の生き証人には語って欲しいことがヤマほどあるなぁ。
 なお、この歌は、1985年8月の日航123便事故で坂本九が亡くなったことにより、慰霊式における鎮魂曲になったという。……う~ん、鎮魂曲というより死人を生き返らせて踊らせる曲に思えるのはワシだけかな?