h.Tsuchiya

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爺歌42 『少しは私に愛をください』の裏事情

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 これは有名なことかもしれないが、自分は今日初めて知った。今日が誕生日の小椋佳(本名:神田 紘爾、1944年生)作詞・作曲で、来生や陽水も唄う『少しは私に愛をください』(1974)は失恋ソングではなかったという。1971年、当時27歳で日本勧業銀行(後の第一勧業銀行、現:みずほ銀行)に勤め、米国の大学留学中だったのだが、第一銀行と合併することを報道で知った。まさに「寝耳に水」。自分はこの年『しおさいの詩』で歌手デビューして、余技気分でダブルキャリアを満喫しようとしていたが、”冷や飯”喰うかもしれない先輩たちが心配だった。その心情に思いを馳せて生まれたのがこの曲だったと本人の弁。「あなた」とは「会社」を指し、「バラ」は彼の愛した日本勧業銀行のトレードマークであった。……歌って、そうやって生まれるものかも。……彼につき分かったことさらに3つ。(1)芸名の「小椋」は、大学3年時福島・塩原の学生村に滞在。周りの住民の姓のほとんどが「小椋」だったから。(2)1966年、寺山修司がDJをしていたラジオ番組の「5分間なんでもコーナー」で自作の歌を歌ったのが歌手へのきっかけ。(3)胃癌や劇症肝炎も経験しているが、タバコをやめず、1.5リットルのボトルが1日半でなくなるほどのコーラ好き。