h.Tsuchiya

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『銀河鉄道の夜』と「幸(さいわい)」

 仕事現場近くの掲示板に1枚のチラシが掲出された。宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を音楽と朗読付きのミュージカルでやるという。区民割引もあって「意識高い系文化タウン」らしい。俳優のことは知らないが、「ほんとうのしあわせ」……ってなんだろう、という副題に違和感。こりゃまた、大上段だなぁ……。答えがあけすけ過ぎる。
 これは、死者たちと一緒に夢想の銀河旅行に出かける主人公ジョバンニと親友カンパネルラの物語。随所に賢治の鉱物&天体マニアぶりが出ている。そして、たしかに「幸(さいわい)」に言及している箇所も数か所ある。まずカンパネルラが亡き母を偲び、自分が母を幸いにしてあげられなかったと悔やむくだり。次に船の事故に遭遇し、幼い姉弟を看ていた家庭教師の青年が、他人を押し退けてまで避難することにためらい、子らと一緒に死を選ぶ。自分が正しいと思った道を進むなら「ほんとうの幸福に近づく」と語り、悔いてはいない。そして三つめはサソリの話。列車がサソリ座の赤い星(アンタレス)に近づいた時、前出の女の子が、「サソリは実は良い生き物です」と言って以下のような話をする。
 このサソリはイタチに追われて逃げ損ね、井戸に落ちて溺れるが、死を前にこう述懐する。今までたくさんの小動物の命を奪ってきた自分が、なんでこんな死に方をするのか。いっそイタチに喰われたらイタチも一日生き延びられただろうに……「どうか神さま。私の心をごらん下さい。こんなにむなしく命をすてず、どうかこの次にはまことのみんなの幸のために私のからだをおつかい下さい」。するとサソリの体は天に上り、赤々と燃え続けることになったのだ、と。賢治の『グスコーブドリの伝記』も結末は、ブドリの死で人々が救われる。
 自己犠牲を怖れない。そして有名な「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という彼の「幸福論」にも繋がるのはわかるが……、この物語を「幸福論」視点で舞台化しようというのはヘビー過ぎる。悲しみを含んだメルヘンで留めたらいいのに。
 読み直すより、ますむらひろしの猫キャラアニメ(監督は杉井ギサブロー)がおすすめ。Tubeに一杯ある。ますむらの猫は『ガロ』時代のヒデヨシとは違うけどね……