h.Tsuchiya

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「老害」と言われる側のヒヤヒヤ感

 今週の地下鉄車内広告で目を引いたのは、内館牧子の本『老害の人』だ。それもシルバーシートの場所に掲示されていて笑ってしまった。100万部突破らしいが、内容は、引退して娘婿に会社経営をゆずったはずの会長が、どっこい出張ってきて「老害」を振りまく話。ネットで試し読みできるから、そこから冒頭のエッセンスだけ抜き書きしてみよう。購読者が増えるなら長い引用も許されるかな?

●自分がどれほど「老害の人」かということに、当の本人はまったく気づいていないものだ。
●自分は実年齢よりずっと若くて、頭がしっかりしていて、分別がある。男女ともにだ。そうではない人を見ると、彼らをいたわったりさえする。
●困ったことに「老害の人」の多くは。自分は「余人をもって代え難い人間だ」とまだ思っている。
老害には色々な種類があるが、昔の自慢話はその典型だ(中略:これが第一位。第二位は)「世代交代に抵抗」だろう。いつまでも現役でいたがり、若い者にポジションを譲らない。

 ま「老害論」は自分には食傷気味だが、歩く見本がウヨウヨいるのは事実。客観的にみれば自分も同類だから身の縮む思いがする。孔子は70歳のことを「従心(しょうしん)」と言った。意味は、「心の欲するところに正直になる。ただし矩(のり=規範)を超えず」である。また曽野綾子は「大人気(おとなげ)」とは、大局に立って、自分は引くこと」(『戒老録』)と書いた。ヒヤヒヤして世間に遠慮する気持ちや自戒を怠るとほんとヤバイよな。