読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

RIPE's blog

記事の中身は「R65」。年の功がある人(RIPE)向け。でも若い人も大歓迎ですよ(笑)

「ボケて」してる場合じゃないのか!?

f:id:RIPEkun:20150701203645p:plain

 2ch経由で見ているサイトに「ボケて」がある。写真や絵と意外なキャプションを組み合わせてとボケるお笑いネタだ。時々見ては吹き出している。一渡り見るのにおよそ30分かかる。くだらぬひまつぶしだと思うが止められぬ。特別な道具や知識やワザが必要な「趣味(Hobby)」と、こんな「ひまつぶし(Passtime)」は違うようだ。その「ひまつぶし」時間を、世界中の人が少しづつ持っていて、1年間で累計すると1兆」時間分もあるという。1億年分以上だ。これはプレゼン番組「TED」でクレイ・シャーキーという人が言っていた。彼はその時間を使って社会貢献に使おうというのだ。ワシ、あほなことにひまつぶししてる場合じゃないかなと、少~しだけ反省した。(http://digitalcast.jp/v/12261/

 まじめな話、「毎日が日曜日」状態のジジババは、たぶん1日10時間ぐらい「ひまつぶし」していると思う。TV、読書、散歩、パチンコ、カラオケ、ネット……。ちっとも生産的じゃない。逆に考えると、人間は「ひま」をつぶさないと退屈して死んでしまう生き物なのか、とさえ思う。智能をムダ使いしているのか?

 先にふれた「TED」のクレイ・シャーキーは、人間が持つ「思考の余剰」(英語では、Recognitive Superplusとか言っていた)が、ネット時代にうまく集めれたら社会を変えられるともいう。そうして生まれたいくつかのアプリケーションもすでに世界中で活用されているという(犯罪発生や災害発生の地図情報共有とか)。

 時間を持て余すジジババたちも智能がないわけではない。だが、社会貢献できるアイデアに洗練したりする機会もと訓練もない。ITを使うスキルもない。だからその想いとは裏腹に、社会のお荷物扱いされてしまう。そして「ボケて」ではなく、「呆け」てになって死んで行く。

 戦争を体験した世代は、すでに90を超しているが、彼らが見聞きしたことのほとんどは、そのまま墓場に持って行かれたと思う。実際はどうだったのかの証言を山ほど集めたら、もっと違う戦争観、戦後観、日本観もできただろうに。ちゃんと親の話を聴かなかったワシらジジババ世代にも責任はあるだろう。過ぎたことはともかく、少なくとも自分の生きてきた時間のことから、何か言えることがあるはずだから、呆けたり死んだりする前に、遺産化せんといかんかもしれない。

 さて、では、今から何をしようか? ちょっと缶ビール飲んでから考えるわ。