h.Tsuchiya

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老醜!眉間のシワ

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 年甲斐もなくみっともないことをして「顰蹙(ひんしゅく)」を買うのは恥ずかしい。近頃は高齢化で年甲斐もないことをしでかす「老害」事件が増えている気がする。事件ていうほどではないが、みっともないことをしでかす人が多い。というよりも、いい齢だからみっともなくなるのかもしれない。

 かくいう自分も、ちょっと反省することが増えた。先日、あれほど自戒・自粛してきた「政治的発言」で、少しみっともなかったと反省。年寄りは、大らかで何があっても泰然自若、悠然と構えて受け容れられるようでないと、老熟の域に達したとは言われない。ましてや老醜を曝してはいけないと、かねがね思ってはいるのだが……やはり悟りが浅いのだろう。

 老醜は外見にも出てしまう。ハゲ、シミ、シワ、歯抜け、肌のかさつき、腰が曲がり、眼がしょぼつき、鼻水も垂らす……。あぁ、ヤダ、ヤダ。でも寄る年波には勝てないものだ。個人的に早いうちから気にしてきたのは眉間のシワだった。40代後半からの10年間、会社の金繰りや家庭問題などで、十二指腸潰瘍も出て苦しんでいた眉根に寄る縦ジワが数本。楊枝が挟めるほど深くなったことがあった。周囲からも、「深刻そうな顔」と指摘されたが、実際、深刻だった。

 クリント・イーストウッドトミー・リー・ジョーンズ、若い俳優ならジョナサン・ステイサムみたいに、眉間のシワが男っぽい色気に見える人もいる。ところが、自分の場合、それからの10年の間に、縦ジワがいつの間にか薄れて、額の三本ジワに変ってしまった。いかにもノー天気な普通のジジイ顔になってきたのが、会社は若いものに任せ、離婚や親の介護を済ませてしまう過程で、縦のものが横になったようだ。でも、その分、間抜け面にもなった気がする。男の色気も枯れ果てて、女にはさっぱり縁がなくなった。俗に「眉間が晴れる」とが「愁眉を開く」といえば、悪いことや悩みが消えることを言うが、間抜けにもなるとは思わなかった。

 そういえば「顰蹙」の「顰」の字は「ひそみ」とも読む。傾国の美女・西施がやるせなさに眉をひそめた姿が、また一段と艶っぽくて評判になり、トンでもブス女まで無理して眉をひそめた顔を作るのが流行った。それはおぞましかっただろうが、以来、似合わぬマネをすることを「を西施のひそみに倣う」という。「蹙」の字は縮と同じだからすくむ意味だ。

 自分が若い頃、「どんな年寄りになりたいか」と考えたことはなかったが、イメージとして、年寄りというのは、智恵はあっても出しゃばらず、権力も欲望も欲しがらず、荒立ったことはせず、静かに周囲に憐れみを施しているようなものだと思っていた。自分の祖母たちがそう見えたからだ。でも、人間として生きている以上、死ぬまで煩悩から免れることはできないということは、自分が年取ってみないことにはわからない。そこに開き直らずに、年寄りとしてのお役割期待に応えられるようになるには、よほどの覚悟と修練が必要なのだとやっとわかってきた。眉間のシワを作らずに、穏やかに、賢く、慈悲深く……あぁ、難しい。ちょっと無理ですぅ~~。