h.Tsuchiya

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「ユンさん」のコーヒー

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 家の近くに大正時代に八百屋から始まった古い古い食品スーパーがある。はでに店舗数を増やしていたいっときほどの勢いはなくなったが、それでも健闘している。都心に住むものにはなくてはならない存在だ。

 そこで今日、散歩の帰りに「コーヒー」(粉)を買い、レジに持っていたら、担当の50がらみのオバサンがニコリとしながらこういう、「あたしも、これお気に入りです。」と。ちょっとびっくり。天気のことなどでひと言ふた言話すようなことはあっても、店員さんが、こんなことを話しかけてくるなんて初めてだった。「濃い味のコーヒー、おいしいですよね」とも。ボクは、「そ、そうですね」と答えるのがやっとだった。店員さんのネームプレートには「ユン」と書かれていた。おそらく漢字では「尹」と書くのだろうが、この読み方なら韓国の人だ。それに中国の人は、まだコーヒーの味にこだわるように思えない。

 店員さんが、イレギュラーな、マニュアルにない対応したとかどうとか、そんなことはどうでもいい。ボクには、このユンさんの言葉かけがひどく好ましかったのである。商売上手とかお愛想とかではなく、率直に、自分の思ったことを言った感じが悪くなかった。これなどは、意識せずにやっている「おもてなし」だ。この仕事が好きだということが言動に出ている。

 帰り道、例によってボクは妄想する。韓国からきて日本でどのくらいの歳月が経ったのか? どんな暮らしだったのか? 中国・韓国では夫婦別姓だから、旦那さんも韓国の人かもしれない。このレジ仕事では、いくらにもならないだろうが、安気に暮らすほどのゆとりはないのだろう? でも、ブラックな職場、ダーティな仕事でなかったことは、ささやかな幸運だったはず。
きっと、彼女も帰ったら、この「濃いめコーヒー」を家で呑むのだろう……。

 「尹」は韓国なら「ユン」だが、中国なら「イン」と読む。まっさきに浮かんでくるのは、古代中国の夏王朝を滅ぼして殷(今は商という方が多いかも)王朝を打ち立てるのに大活躍した宰相「伊尹」の名前だ。宮城谷昌光が『天空の舟』で主人公にした。だから中国人なら「イン」という読み方に誇りを持つだろう。韓国の姓氏のことはまるで知らない。「金」「朴」などと同じく、地方ごとに異なる、本貫の違う「尹」さんがいっぱいあるのだろう。

 最近は、コンビニもスーパーも中華チェーンも、ほとんどが外国人店員になっている。中韓どころかベトナムやタイ、インドネシア、マレーなど、国籍も多様化している。彼や彼女たちが、どんな背景と事情を持って日本にいるのか?、なぜ、ここで、この仕事をしているのか? 今後、どうしたいのか? 聴いてみれば奥の深い話はいっぱいあるだろう。ボクの職業病で、人を見ると、ついつい取材してしまう。それは別にしても、「わけのわからんアジア刃ども」とひとからげに見なすのは良くない。皆、普通の人なんだから。嫌な奴、悪い奴も絶対に少なくない。でも同じくらい、友達になれそうな人もいるはず。もっと気楽に声をかけあって良いんだと思う。

 ひと袋のコーヒーを買ったことで、いろいろ妄想を刺激されたひとときだった。