h.Tsuchiya

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3通りの「山王祭り」

 東京の日枝神社では、さる7日の神幸祭巡幸を皮切りに新茶奉納、稚児行列などと「山王祭り」の行事が連日あり、今日も表千家の献茶式、13日の献灯祭などと17日まで続く。神田祭と隔年交互に催される都内最大級の祭りと言える。自分も巡幸の日に、友人イオさんら糀町睦会のお囃子とその山車「御幣猿」を観に三宅坂から桜田門まで追っかけた。
 日枝という名前は「比叡」に通じて、猿を使い神とする山王信仰に繋がる。本家本元は滋賀・大津坂本の「日吉神社」で平安京の鬼門鎮めだ。だが、赤坂のは埼玉・川越からの勧請なので孫筋と言える。また日枝・日吉・山王と称する神社は3800もあるというが、宗教法人登録では800程度(東洋経済)。それでも全国にあるのは事実。「山王祭」も大阪・富山・川崎・今市・など各地にあるようだが、特異な山王鳥居を建てているところはそう多くない。また祭の中身も各地各様で、神輿・山車・稚児・献茶などが共通と言えなくもないが別物だ。
 本家の「山王祭り」には、男女一対の神の結婚・陣痛・出産を示す神輿の演出があったりして特に変わっている。僧侶の読経も独特だ。
 実はわが故郷の佐渡・新穂にも日吉神社があり毎年4月15日に「山王祭り」がある。「八王子」を含む7集落の神輿7基が揃うのは本家並み。また鳥居は両部型で神額裏面に猿の像がある。しかし、祭の中身はまるで違う。郷土芸能の鬼太鼓や流鏑馬、潮清めなどがあり、歌舞伎や狂言の主役登場時のお囃子である「下がりは」を幼児の太鼓・鼓と付き添いの笛で練り歩いたりする。江戸期に改変されたのかもしれない。この神社が創建800年というのもアヤシイ。承久の変で配流になった順徳上皇のために随身の池なにがしが比叡から勧請したと伝えるが、祭りを支えられる財力と人口が備わるのは金山ブーム以降である。上皇と縁もない湿地と砂礫の土地だったはず。でも、異を唱えたら変人扱いされるから黙っとこ(笑)、