h.Tsuchiya

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いま再びの「いちご白書」

 イスラエルによるガザへの攻撃が止む気配はない。難民の避難先もテロ画策拠点との理由で破壊する。破壊されているインフラの多くは日本が無償援助で整備してきたものなのに、わが国首相はひと声もあげない。(写真はAP)
 一方、欧米の大学ではガザ攻撃に反対する学生の校舎占拠を警察が実力で排除している。かつてみた光景そっくりだ。たとえば同じコロンビア大学で56年前の同日にベトナム反戦を訴える学生が排除された。そのニュースも、この実話を踏まえた映画『いちご白書』(1970)も観て、官憲暴力に怒りで震えた。「なぜ『いちご』なのか?」だが、当時、学生との団交の席で学長が「こんな議論は、しょせんいちごが好きか否かといった程度のものだ」と揶揄したことに学生が反発し、火に油をそそいだエピソードからだ。
 日本でも同様の学生騒乱は頻発した。それを踏まえてユーミンが『『イチゴ白書』をもう一度』を作りバンバひろふみに贈った(1975)。歌詞の中にある「♪就職が決まって髪を切ってきた時♪」という部分がものすごくカンに触った。自分より年下でミッション系のお嬢様だったユーミンの感性がずれているのはわかるが、一つだけ下で立命館にいたはずのバンバンが平気で唄う神経が分からなかった。
 今日も、どこかで無神経な権威者が「いちご発言」をしているはずだ。対して日本の学生たちは? リクルートの就活マニュアルに沿って過ごすことしか念頭にないのか?……ま、これ以上は言わずにおこう。血管が切れるわさ(笑)

「睡眠力」ありますか?

 適度な睡眠は心身の疲れを軽くしてくれる。8時間睡眠なら人生の3分の1を寝て過ごすことになる。おろそかにはできないのである。だが……
 新しい現場に出る日は、アラームを5時半にセットしているのに4時頃から半覚醒状態で輾転反側している。2時頃に一度トイレに立っているから正味6時間も寝ていない。だけど日中の業務に支障が出ているわけでもないので、このペースで良いのかも知れない。確信はない。
 逆に、休みの朝は二度寝•三度寝してしまう。寝溜めが無意味とは承知しているが、こうしないと帳尻が合わない気がするのだ。
 日常的に十分熟睡できないかと考え、色んな「寝落ちサイト」を試しているが効いた覚えがない。この種のサイトは山ほど、そして多彩にある。どれも視聴回数はハンパじゃない。
 世界には睡眠薬を常用するほどでなくとも「睡眠力」に自信のないひとが多いようだ。そのことは「睡眠の質を改善する」とうたう「ヤクルト1000」が爆売れしたことからも分かる。
 ところで、「酔生夢死」というのは価値あることを何もしないくだらない生き方のことだが、そうかなぁ?好きに呑んで、夢見ながら死んでしまうのは悪くないだろう。死後の評価や遺産などどうでも良かろう。だが、そう生きるにはやはり「睡眠力」が必要なんだよなぁ(笑)

カタバミとクローバー

「春の地味な花」話つづき。漱石は「スミレほど小さき人に生まれたし」と詠んだ。なるほど地味だがスミレは良き花。でもこの句には彼の憂鬱が感じられる。
 自分的に良き花としてカタバミ(別名;酢漿草(サクショウソウ))を推したい。ワラワラと咲くが、日が陰るととたんにクシュンとしぼむ。その様子が「片方喰われたみたい」というので片喰(カタバミ)の名がついた。でも丈夫な多年草で根付いたらしっかり増えることから、一族繁栄の縁起良い植物とされた。が現在は外来種も増え駆除に手をやくほど。
 昔からその三つ葉の造形は家紋に使われてきた(酒井、長宗我部、藤堂など)。その変形の剣片喰(けんかたばみ)紋では宇喜多(浮田)秀家が有名。秀吉五奉行の一人、関ヶ原の敗将で最後は八丈島流罪。でもこの島を深く愛し、没するまで50年も過ごした。妻・豪姫の実家前田家からの仕送りが明治2年まで続いたのもゆかしい。
 ところで三つ葉の形ならシロツメグサ(クローバー)の方がポピュラーだろう。でも和物っぽくない。それも当然、明治に牧草として輸入されたものであり「四つ葉が幸運、幸福または愛」という迷信も輸入モノ(笑)。なお、五つ葉=金運から九つ葉=神運までそれぞれにいわれがあるようだ。余談、ももクロZのロゴはモモと四つ葉クローバーを組み合わせている。

春爛漫が少し「ムツゴイ」

 ポスト桜の主役を争うように花々が咲き出した。サツキ、菖蒲、フジ、花水木にタンポポ、花ニラ、長実ヒナゲシも加わってまさに爛漫。でも自分には少し「ムツゴイ」=方言で味が濃い、しつこいの意味になるが佐渡島限定ではなく、香川・愛媛でも使うらしい。
 その兆しは先月にあちこちの生け垣が一斉に赤い葉をつけてから。カナメモチ普及し過ぎ!花見にニューオータニの庭園に行ったが、植込みにクドイほどの赤色のセネッティ。和風庭園にそぐわない感じはオレだけ?もう5年前かららしいが「桜にもよく合う」と自賛しているのはサントリーの園芸事業子会社だった。そして町ではサツキはますます多色・大輪になり、霧島ツツジは密生してこれもクドイ真紅。和風の地味なものが好みなんだが、観たのは山吹くらい。でもこれも八重が多い。江戸人は太田道灌の故事を知ってか山吹が好きなようだ。新宿山吹町がゆかりの里らしいが日暮里にも碑がある。里娘が道灌に雨具代わりに出したのも「八重」でないと「ミノひとつない」の古歌が整なわぬ。実をつけぬ八重は株分けで増やすが繁殖力旺盛らしいので、やっぱり「ムツゴイ」(新宿中央公園銅像)……青いガクアジサイが咲く頃まで、しばし堪えることにしますか(笑)

散る桜に未練?

 あと一両日は楽しめそうだったのに、無情の嵐。これを「桜流しの雨です」とシブイ表現を知っていた若い気象予報士のお姉さんに拍手。風にあおられる様子は「花吹雪」。花びらが水面に浮かべば「花いかだ」等々、日本人は散る桜にも未練たらたらに美しい言葉で思いやる。また特攻隊で死んだ若者を「散華」と表現した。個人的に好きなのは、「花鎮(しず)め」という風習。これは古い!桜が散るのを不吉な兆しと考え、とくに疫病が流行ることを怖れた。そこで花に向けて「結実するまでゆっくりして(やすらいで)」と祈り、「鎮花祭」あるいは「やすらい祭」を催した。有名なのは京都・今宮神社の疫社に奉納する踊りで、綾傘の風流を押し立てて黒や赤のシャグマを付けた若者が激しく踊る(京都三大奇祭の一つ)。今年は15日の日曜日に開催されるからニュースに出るかも。これに魅かれるホントの理由は今宮神社の参道で向かい合っている超老舗(一和は紀元1000年!)の「あぶり餅」。きな粉をまぶした小さな餅をこんがり焼いて甘い白みそを付けた日本最古のスィーツ。実に、実に旨そうなのであります。まさに「花より団子」っす。
 なお、今年の自分の花見は、要予約と知らずに行った新宿御苑に撥ねられたものの、踵を返して四谷堤からニュ―オータニの庭へめぐり、弁慶橋~日枝神社と人並みに満喫。今日から想定外の仕事復活で「桜雨」に出くわしたのさ。

「御侍史」ってわかる?

 厚労省がすすめる「かかりつけ医療制度」によって、大学病院などは患者に「できるだけ居住地近隣の医療機関に行くように」と促すようになった。術後の定期健診だけの自分も近所のクリニックを探した。だが、それには従来の主治医から病歴などのデータを入れた「紹介状」を書いてもらう必要があり、昨日入手した。
 そこに書かれている言葉に注目。医院・担当名の後に「御侍史」と書かれている。「おんじし/ごじし」と読み、「御机下(おんきか/ごきか)」とも書く。意味は「先生に直接手紙するのは失礼なので、秘書や御付きの人宛てに」あるいは「直接渡さず机の下にでも」の意味。
なんと、これは医療業界だけの用語だった!
 業界内だけの専門用語=ジャーゴン(jargon)はどこの世界にもある。ヤクザの「ショバ代」、飲食店の「オアイソ」、店員の「〇番」(トイレ)、大工の「アバレル」、タクシーの「エントツ」、もちろん警備業界にも……そういえば「カラオケ」も元はバンドマン用語。1956年の宝塚争議で楽団員がスト。松下電器が協力して演奏テープだけ流して劇団の窮地を救った「空オーケストラ」が始まり。千昌夫?が先輩歌手に「カラオケもってこい」と言われて風呂桶(ケロリン桶)を持っていたために叱られたという話もある。
 個人の好みとして、業界通でもないのにジャーゴンを使うのは好きじゃないけどね……

「三日会わざれば……すべし」

 色々な条件が重なって正月休みでもないのに丸1週間も休んだ。本を書き進める好機だったのに何もせずただグウタラと過ごしてしまった。夏休みの宿題、受験勉強。確定申告……うざいこと後回し。ギリギリで間に合わせる、いつものパターン、反省!でも、もう治らん(笑)
 今日、1週間ぶりに職場復帰したら、この「グウタラ休み」のツケが来た。まず、駅や現場へ行くのに計20分歩くのだが、足のだるいこと痛いこと。筋肉が落ちた。次に頭が切り替わらず脳内音楽が消えない。tiktokを席巻するクリピー・ナッツの「♪bling bang bang born♪」がループする。先日までは科目三のクネクネダンス(別名ナルトダンス)の唄『一笑江湖DJ版』だったのに、移ろいが速い速い。そして食欲が出ないので昼を粗末にしてしまった。おまけにまた歯が欠けたために新調した入れ歯に不具合。休み中に補修しとくべきだった……てな具合で散々。でも明日から2日休みだからまた「グウタラ」するな、きっと。だいじょうかワシ?
 『三国志』(呉史)では戦上手だが無教養の呂蒙が親分孫権に「勉強せい」と怒られて発奮。短期間で猛烈に読書した。同僚で智将の魯粛さえ彼を見直した。得意顔の呂蒙が言った次の言葉が後世、人口に膾炙した。「士は、3日会わざれば刮目して(眼を見開いて)会うべし」(自分で言うのがカワイイ。「呉下の阿蒙に非ず」の逸話。阿がつくから軽い感じ「蒙ちゃん」)。
 ワシの場合は、こう言われているかもしれない。「老爺(阿土)に 三日会わざれば、呼吸をたしかめるべし」??ワォ、孤独死確定かよ!