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編集と広報のお手伝い & My NEWS

爺本16 愚策?『移動祝祭日』

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 日本でもいくつかの祝日を動かして土日月の3連休になるようにしたのは1998年からか?これを移動祝祭日(movable feast、Moving Holiday)というが、あまり連休が頻繁だと、「今日は何で休みなのか?」とわからなくなる。ちなみ明後日8日は体育の日。本来、1964東京五輪開幕日(10月10日)だったことと併せて覚えている人は少ない。自分は、これは愚策で、本来の日付に戻した方が良いと思っている。
 この言葉を知ったのは、ヘミングウェイの同名小説。若い日にパリで暮らし、エズラ・バウンドやジェイムズ・ジョイススコット・フィッツジェラルド、そしてガートルード・ステインらと交流しながら書いた最初の作品だ。1926年に書いた『日はまた昇る』もその時代背景たっぷりの作品。……でも、この齢になって沁みるのは1936年の『キリマンジャロの雪』。キリマンジャロの麓で死に瀕しながら若い日を回顧するグレゴリー・ペックの映画(1952)も良かった。貧乏なライターが、やっと振り込まれた筆料の小切手を手にして恋人と喜ぶ挿話が、永い間、自分にも訪れそうな幻想のシーンに思えた。恥ずかしい。、

爺飯54 「煮込みうどん」は八丁味噌で

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 20代半ば、仲間たちと「就職せずに自力で生きる」活計(たつき)の道をもがいていた。仔細は省くが、その成り行きで名古屋に行き、現地の人に案内されたのが地下街(エスカ)の「山本屋総本店」。ここで初めて「味噌煮込みうどん」を食べた。赤黒いカツオ味の汁、硬いうどん、鶏肉は名古屋コーチン。鍋の蓋に穴がなく、うどんと汁をこれによそって一味をかけて食べると教わった。貧乏で味覚も未熟な自分には衝撃的な旨さだった。以来、名古屋に立ち寄る際の最大の愉しみになった。
 先日、涼しくなったので、根菜や青菜、煮卵も入れた味噌煮込みうどんを作ってみた。でも……違う! レシピや食材ではなく、脳内に”刷り込み”ができているらしく、「店の味は再現できない」と思い込む回路ができているせいで、「違う!(=だから良いんだ!)」と感じる。都内にもいくつか支店があるから、いつか”確認”に行きたいな。

爺歌42 パラレル時空の「ストロベリー・パス」

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 1970年に結成されたプログレバンドが「ストロベリー・パス」だった。成毛滋、つのだひろ、柳ジョージたちが集って翌年『大鳥が地球にやってきた日』というアルバムを出した(ジャケットデザインは石森章太郎、ライナーノーツは影山民夫)。その中につのだが日本語で唄った「メリージェーン」が入っていた。テレ東系教育映画の監督だった田原総一朗の映画『あらかじめ失われた恋人たちよ』の主題歌にもなった。作詞のCristopher Lynは、キーボードの蓮見不二男。「メリージェーン」は、”Mari Juanna”つまりマリファナスラングだ。堅苦しく言えば「カナビスcannabis」……。それを知らずに、シブイ失恋の歌だ聴いている人が多いが、その話はどうでもいい。
 このバンドはすぐ解散し、高校生だった高中正義を加えて「フライドエッグ」になった。……自分にとってこの年は政治と『マガジン』の年だったし、とくに邦楽系には見向きもしなかった。今、振り返れば日本のロックが大きく動いた年だったのか。……まるで違うパラレルな世界の出来事に思える。

現代日本のタブー(Part2 前半)

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Part2.ひと月の間に起きた事件とタブー

 

 人類はサルより賢くて、善良で、進化し続けている生き物か? 毎日、世界中のどこかで起きている事件や事故を見る限り答えは「No!」だ。その事件や事故にしても、特定の集団の中で守られてきたルールを破ったり、守られてきた「タブー」を冒すものがある。それも一向に減らない。ためしに、あるひと月の期間(2017年11月)だけに限って、いくつかの事例を見てみよう。これらは、決して、特別(例外的)なものではない。これからも起きる。まず、世界で起きたことから……。

 

インドネシアジャカルタでは、2015年にできた蝋人形館で展示していたヒットラーの像を撤去した。米国のユダヤ人人権団体「サイモン・ウィーゼンタール・センターSimon Wiesenthal Center)」などの批判を受けたからだ。ヒットラーやナチズム礼賛へのタブー、それを批判する世論は根強い。

 

○サッカー韓国代表とコロンビア代表の強化試合で、コロンビアの選手が、韓国の選手に対して、両手で目をつり上げるポーズを取り、人種差別的行為にあたると批判を浴びて謝罪した。また、ほぼひと月前には、野球のメジャーリーグワールドシリーズで、アストロズ内野手が、ドジャースの日本人投手ダルビッシュ有に対して同様の行為をして、後に謝罪している。人種的偏見を露わにすることも「タブー」である。

 

○数々のオスカーも受賞したハリウッドの大物映画プロデューサーが、過去30年近くにわたって、多くの女優などにセクハラを行っていたことが、女優の告発によって明らかにされた。プロデューサーは、弟と共同設立した会社から解雇。事実上、ハリウッドを追放された。特権的な立場を利用したセクハラ事件は、「パンドラの箱」を空けたかのように、その後も、有名監督や俳優だけでなく各界VIPに対しても類似の告発が続いている。米国キニピアック大学(Quinnipiac University)の世論調査では、女性有権者の約60%が、「セクハラを経験したことがある」と答えた。これは「#METOO(私も被害者)」というSNS内のキャンペーンになって未だに“炎上”を続けている。

 

……これらは日々起きている事件のほんのかけらに過ぎない。ナチス・タブー、人種・女性・障害者への差別。頻発するこれらの事件が、人々の心のどこかを刺激するのはなぜだろう? 「タブー」と差別は、どこかで密接に関係していることが感じられる。……いや、深堀りするのは後回しにしよう。同時期に起きていた日本の“事件”を見てからにしよう。

 

  • 21世紀によみがえった「村八分」事件

 

 大分県北部のわずか14世帯が住む小さな集落で「村八分」事件が起きた。事件は、大分県弁護士会がこの集落の自治会に対して、「ある住民男性(68歳)に『村八分』のような扱いをしている。他の住民と平等に扱うように」という人権侵害の是正勧告したことから表面化した。この男性は、2009年に母親の介護と就農のために自分のふるさとであるこの集落にUターンした。しかし農地開拓の補助金の配分を受けられないなどの差別を受け、2013年には行事連絡や市報の配布先からも除外され、集落の構成員から外された。

 

 今回の事件に対して、自治会側はこの男性が住民票を移していないとか、自治会への入会手続きをしないなどの理由をあげて「村八分」の事実はないと反論している。しかし大分県弁護士会では、過去にも県内の別の集落で類似の事件が起きていたことから、今回は是正勧告という措置に踏み切ったという。だが、それ以降目立った進展はないままだ。

 

 日本の「村八分」というのは、村落(村社会)の中で、掟や秩序を破った者に対して課される制裁行為であった。地域の生活における成人式、結婚式、出産、病気の世話、新改築の手伝い、水害時の世話、年忌法要、旅行など10の共同行為のうち、放置すると他の人間に迷惑のかかる葬式の世話と消火活動の2つだけを除いて、つまり80%の交流を絶つ共同絶交というか集団的ないじめである。だが、都会に住む多くの人は、現代日本には「村八分」など存在しないと想っていたから、この事件に何世紀も昔に引き戻される気分がしただろう。

 

 しかし「村八分」事件は、これからも各地で起きる可能性はある。ゴミの収集、里山の共同利用、農業用水路の掃除、祭礼の運営など、小さな村落の住民たちが長年にわたってルールを作り、守ってきた共同体の暮らしが、高齢化や人口流出などで維持できなくなってきていることが背景にある。ルールを知らない新参者や、共同体のルールより自分の利害を優先する一部の人たちが「問題」を起こしてしまう。これまで集落をまとめてきた長老たちが不在になれば、その亀裂は深刻化するが、自治を尊重する立場の行政や警察には仲介しにくい案件になる。17世紀の「タブー」が21世紀に蘇る可能性は大いにある。

 

(*イラスト:「村八分」をしめす8割と2割)

 

  • 有名人スキャンダル報道にも自主規制

 

 不倫、薬物、暴力、汚職など、政界や芸能界などの有名人が引き起こすスキャンダルは相変わらず多いが、その報道での扱われ方に不思議な濃淡がある。

 たとえば、ある有名な競馬騎手が、若い女性タレントと不倫したと報道され、それなりに世間を騒がせた。しかし、他の類似の事件では、公式会見を開いて謝罪したり、職を辞したりするところまで“炎上”して騒ぎが大きくなることも多いのに、彼の場合は、“ボヤ”程度ですまされた。

 

“事情を良く知るTV局のプロデューサー”という人が非公式に発言した話を追うと、「彼(騎手)の女グセの悪さは昔から有名だ。しかし競馬界は、マスコミの大スポンサーであり、彼はスター選手。スポンサーが圧力をかけなくても、マスコミが自主規制して、事件を後追いしないことは、最初から分かっていた」というのである。

 

 この手の話に必ず登場する正体不明の“業界通”の証言など、どこまで真相を伝えるものかは怪しい。しかし、ありえない話でないだろう。業界のタブー、マスコミのタブーというものは確実に存在するようだ。中には、そうしたタブーを冒し、プレッシャーを受けながらも調査と報道を続けた結果、人々の意識を啓発したり社会悪を摘発したりして、意義のある結果が出せる場合もある。しかし、これが不倫のような問題となると、どう告発しようが、世間の「野次馬」的好奇心を満たせばそれ以上先に進みにくい。ましてやカネにならないのなら、煽り立てる次の標的(“火元”)探しに走るのが、マスコミの本能だ。

 

「この世には懲りたけど……」の説得力

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 プライムビデオで『オリーヴ・キタリッジ』が観られる。まじめで優しい薬剤師の夫につい辛辣に当たってしまう偏屈な女教師役を演じたのは、『ミシシッピー・バーニング』『ファーゴ』『スリー・ビルボード』などで知られるフランシス・マクダーモン(61歳、実生活ではコーエン(兄)夫人)。美人ではないが、こういう味のある顔の女は好きだな。そして夫の死後に知り合う男ジョンを演じたのはビル・マーレィ(68歳)。『ゴーストバスターズ』や、東京舞台の『ロスト・イン・トランスレーション』などで知られるが、ここでの役はチョビっとで、演技も抑えたものだが、複雑な半生を伺わせる怪演ぶり。
 ドラマを凝縮しているのは、オリーブがジョンにもたれながらこう言う場面。「この世には懲りたけど……まだ死にたくない」と。内心の深いところに焦りや怒りを抱え込んで生きてきた半生を、孤独になってから苦く振り返る。ワシら老人たちにはひどく共感できる言葉なんだよ。ピューリッツア賞受賞の原作(エリザベス・ストラウト)も読んでみたくなった。

現代日本のタブー(Part1 ガイジンが見つけた日本のタブー)

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Part1.ガイジンが見つけた日本のタブー

 

 2013年以来、日本に住み、ライターで経営コンサルタントでもあるカナダ国籍のグレッグ・ラムさんは(Mr. Greg Lam)、WebブログをYouTubeで発信している。最近の彼の記事で50万近くのアクセスがあったのは、「『ルール』が支配するニッポン(The Rules that Rule Japan)というもの。彼が日本で見かけた光景の中から、日本らしいと思える「ルール」をユーモアたっぷりに紹介している。そのいくつかを元に、私なりの解説も加えてみたい。

 

  • 日本は「右側通行」なのか「左側通行」なのか?

 

 日本は「人は右、車は左」の交通ルールがある。これは英国やオーストラリア、インド、シンガポールなど旧大英帝国の影響が強かった国でも共通である。人口比率にしたら世界の35%がこのルールに従っている。「Right is Right」(右側通行は正しい)とグレッグさん。

 「しかし……」とグレッグさんは疑問を持つ。「道路は右側通行なのに、駅の構内などでは左側通行を指示している場所がたくさんある。これはなぜだ?」と。典型的なのが、エスカレーターで、人々は左に寄り、急ぐ人のために右側を空けるというとても日本的な光景だという。だが、彼は「いや、違う! 大阪は逆に右に寄っているではないか」と鋭く観察している。

 

そうなのだ。厳密にいうと京都駅の新幹線から在来線や私鉄の構内に入ると、この「左右逆転現象」が起きる。京都・大阪・奈良あたりの(つまり「近畿圏」の)エスカレーターでは、人々は右側に寄っている。ところがややこしいことに、もっと西に行って中国・四国・九州になると、また「左寄り」に戻るのだから、「関西圏」「西日本エリア」がそうなっているというのでもない。他にも色々な例を挙げることができるのだが、「近畿圏」は、どこか深いところに“異国的”な遺伝子が潜んでいるのかもしれない。

 

  • 神社と寺はどう違うのか?

 

 グレッグさん一家は、日本の神社や寺にも出かける。神社と寺は「鳥居」や「墓地」の有無で見分けるという。神社には「鳥居」があり、寺には「墓地」があって、混在することはない。どちらも長い歴史の中で日本人の信仰と崇敬を集めてきた宗教施設である。

「しかし……」と彼はとまどう。神社と寺とでは、拝礼の仕方が違うからだ。神社では「二礼二拍手一礼」という拝礼のルールがあるが、寺では合掌するだけで、拍手はしてはいけないという。日本人の宗教的施設でありながら、どうしてこうも違う「ルール」なのか?

 台東区浅草にある浅草寺は雷門などの写真で有名な観光名所の寺だが、その左(正面から見たら右隣り)には浅草神社がある。ここに来たガイジンは、絶対にとまどい、間違いを冒すだろう。「でも大丈夫。ガイジンだからと許されるよ」とグレッグさんは、「不思議で、違い過ぎるニッポン」にとまどう同僚たちを励ましている。

 

 実はこの作法は、日本人でも間違う。73歳になる私の叔母も、先日、死んだ夫の法事で盛大に「二拍手」してしまった。この作法はさらにややこしい。島根県出雲大社大分県宇佐神宮などでは「二礼四拍手一礼」である。日本人でも、こんなことを知っている人は少ないだろうし、どうしてそうなっているのかまで知る人は、専門家だけだろう。

 

(*イラスト:お寺で2拍手するオバサン)

 

  • やたらと多い、公園の「禁止ルール」

 

 グレッグさんは、日本の公園も愛している。だが、やたらと「○○は禁止」というルールを書いた看板の多さにも驚いている。彼が典型的な例として見つけたのが東京・渋谷区にある都立代々木公園である。この公園の「禁止事項」、「注意事項」は、ホームページで確かめることができるが、なるほど確かに多い。

 <禁止事項>

○テント、タープ類を組み立てること。○野球、サッカー、ゴルフ、ラグビーアメリカンフットボール、スケボー等の練習をすること。○集団での音楽演奏又は大音響・高音を発する楽器の練習をすること。○サイクリングコース内を歩行すること。(写真撮影等を含む)○鳥類をとったり、花や木をとったり折ったりすること。○木に登ったり、枝にぶらさがったり、ハンモックやブランコを吊るすこと。○張り紙、ロープ張り等……以下、8項目は省略。

<注意事項>

○20名以上の団体利用の方は、サービスセンターまで届出てください。○団体利用の方は、弁当の空箱、紙くず類はお持ち帰りください。○小さな子供さんは、一人でトイレに行かせないで、必ず保護者の方が付き添ってください。○保護者の方は、子供が迷子にならないよう充分注意するとともに、衣服等に住所、氏名等を記入した名札を付けるようにしてください。……以下、3項目は省略

 

 都内で5番目、54万㎡の敷地を持つ代々木公園であるが、禁止と注意(?この2つはどう違うのかは、私にも分からない)を併せて20以上の「ルール」を設けている。多数のホームレスが居ついたり、大小色々な事件や事故があったことを踏まえ、そして恐らく「都立」という公共施設だからこそ、さまざまな方面からのクレームに「忖度」(他者の気持ちを勝手に推測して行動すること。これは昨今、政治の世界でちょっとした流行語になった)して、これだけのものになったのだろう。

 

クレッグさんは呆れてはいるが、「これでは公園で遊べない、楽しめない」と苦情を言っているのではない。日本では、こういう「ルール」の背後に「他人に迷惑をかけない」という“黄金律”があることを理解しようではないか、そうすれば誰もが快適で安全で清潔に楽しめる。それが日本の文化だよ、とブログで呼びかけているのだ。どうやら彼は、ガイジンによく見かける「文句言いたがり屋(opinionated person)」」ではないようだ。

 

  • 謎の“レッド・コーン”にも注目

 

 道路や工事現場でよく見かける赤い色をした三角形の物体。ロードコーン(Road cones)、パイロン(Pylons)、セイフティコーン(safety cones,)など名称は様々だが、グレッグさんは“レッド・コーン”と呼んでいる。本来、注意喚起のものだが、日本にはこれがやたらとたくさんあるというのが、彼の指摘である。

 

たくさんの事例映像を示しながら、「危険だから立ち入らないようにと工事現場にあるのは分かる。しかし自動販売機の前に並べて、『利用者専用ゾーン』にしたりもするし、公園には、『立ち木に登るな』と言いたげに置かれたりする」と指摘する。

コーンが街中に溢れているのは、工事関係者だけでなく、一般の人までが特別な許可も申請せずにこれを置くからだ。この“レッド・コーン”は、ホームセンターなどで300円台から買えるから、つい、使いたくなる。そして不思議なのは、多くの人がこれを置くことにさしたる抗議もせず、コーンが仕切る“聖域”には入らないようにしていることだろう。暗黙のうちに、レッド・コーン”を置く人の善意、無欲さを信じているからかもしれない。

 

(*イラスト:レッド・コーンに囲まれた人)

 

  • 喫煙者のための“聖域”まである

 

 グレッグさんたち、洗練されたガイジンさんにとって“禁煙”は普通のことである。しかし、日本に来て驚くのは、飲食店などで「分煙」と称して「喫煙室」を設けていたり、駅や繁華街の一角に周囲に目隠しするように囲いを設けた「喫煙スペース」があることだ。グレッグさんは、これも副流煙を少なくして「他人に迷惑をかけないため」の配慮なのだろうと受け止めているが、喫煙者のための“聖域”まである光景は明らかに異様だ。

 

 喫煙者が強く非難されるのは、副流煙よりも歩きながらの喫煙と吸い殻の「ポイ捨て」だ。危険でもあるし美観も損なう。

2002年、日本で最初に一番厳しい「歩行喫煙禁止ルール」を条例にしたのは、東京の千代田区である。警官や民間ボランティアが違反者を摘発して罰金2000円を徴収している。その千代田区が、「歩行喫煙禁止」を呼びかける際に使った、当初のキャッチフレーズは「マナーからルールへ」だった。その目的は、「歩きながら煙草を吸ったり、吸い殻を道路に捨てるのは常識的にマナー違反。でも、守ってくれないから、条例というルールにしましたよ」という周知のためだった。以来、15年以上経過して、摘発件数は年ごとに増減を繰り返している。では、効果がないのか、というとそうではないらしい。路上の吸い殻が多かった秋葉原などで定点観測を続けた結果、その数は確実に減少しているという。

 

そこで千代田区は考え直した。条例を厳しくして違反者を減らすよりも、やはり人々の常識や公共意識、マナーを守る気持ちに訴えるべきだと。そこで5年後の2007年にキャッチフレーズを変更した。「マナーからルールへ。そしてマナーへ」と。この言葉を看板などに盛り込んで、JR飯田橋駅出口など千代田区内にたくさん掲示するようになった。

でも「マナー」と「ルール」をループするようなこのキャッチフレーズは、正直言ってわかりにくい。キャッチ・コピーとしては落第だ。だが、これまでの経緯や行政の思い入れを理解すれば、このような表現になった理由もうなずける。

 

参考までに書くと、日本の喫煙率は1966年の83.7%(成人男性)をピークに減少を続けており、現在は19.3%とほぼOECD加盟国の平均値になった。グレッグさんの母国カナダは14.9%、米国は11.4%。日本は、禁煙トレンドの過渡期にあるようだ。

 

  • 「ルール」が無さ過ぎる建物

 

 グレッグさんは、日本の「ルール」が多すぎることだけを指摘しているのではない。逆に建築規制などには「ルールが無さ過ぎではないか」と疑問を投げかける。オフィスビルの傍に神社があったり、猫の額ほどの小さな面積に細長いビル(通称「ペンシルビル」)が建っていたりするからだ。これが海外なら、地区ごとのイメージを損なう建築計画に対しては、住民が敏感に反応して反対運動を起こしたりするのに、日本ではそういうことが少ないという。

 

 しかし、グレッグさんの指摘には少し誤解がある。近年、日本でも各自治体が、景観に配慮した街づくりを進めるようになってきた。東京・新宿区の場合、学者や町内会役員そして民間委員など10数名によって「景観まちづくり審議会」というものが設置され、大規模な建築計画の場合、この審議会の意見を諮らねばならない。委員たちから、ビルのデザインなどについて「高すぎる」とか、「歩道側の樹木を増やして」、「防犯上、植え込みが死角にならないか」などの意見が出されたら、施主や建築会社は計画を見直し、改善結果を報告することになっている。(不肖、私もその委員のはしくれであるが……)

 京都などは建物の高さ制限や看板類の配色などに厳しい。あのマクドナルドやセブンイレブンも市内では、地味な、周囲に溶け込んだ看板にしている。遅すぎの感はあるが、日本ももう少し秩序のある街並みにしようとして動いてはいるのだ。

 

 なおグレッグさんは、このゴチャゴチャした町並みをひどいと言っているわけではない。規制の少なかった時代にできたアナーキーな建物たちが作る風景や、路地裏などに日本独自の風情もあるではないか、と指摘しているのである。

 

(*イラスト:「ペンシルビル」だらけの町並み)

 

  • 結論、「日本的『ルール』を守って住めば快適だ」

 

 グレッグさんのブログは、旅行やビジネスで来日するガイジン仲間に向けて書かれている。他にもたくさんの記事をアップしていてそれぞれに面白いが、やはり20万以上のアクセスがある最近の記事に、「日本でやってはならない12のこと(12 Things NOT to do in Japan)」というのがある。たとえば、「歩きながらの飲食はだめ」、「箸の使い方を間違うな」、「“チップ”を置くな」、「公共交通機関での携帯通話はだめ」、「名刺の使い方を間違うな」、「人前で鼻をかむな」、「室内では靴を脱げ」……など身近な、そして彼なりの体験を踏まえた「文化的エチケット」を12ほど挙げている。なんだか、ここまでナーバスにならなくても良いのではないか? と思える。よほどマジメな人なのだろう。いや、彼自身も、これらのエチケットの羅列を「少しナーバスかも」と感じたらしく、その12番目のエチケットは、「キリストたるな!」とある。日本語で言えば「聖人君子であることはない」と言うのである。

 

暮らしてきた文化的背景が違うのだから、色んな失敗があって当然だ。日本では、主張や自己表現が実に「subtle(曖昧)で、時として芸術的である」、「集団としての思考、横並びの行動が尊重される文化だ」と指摘する。だから、前述したブログでも、最後の画面にこんなオチをつけた。「赤信号、みんなで渡れば怖くない(Red light aren’t scary when you’re crossing together)」。これは映画監督して有名になった北野武が、コメディアン時代(芸名:ビートたけし)に流行させたギャグ(ジョーク)である。たしかに、「停止」を意味する交差点の赤信号も、全員が無視してしまえば車が止まらざるを得ない。つまりルールが無力化する。だが、こんな言葉が、ギャグとして通用するのは、日本社会だからではないか。

 

 親日家で知的で繊細なグレッグさんが、一連のWebブログで伝えたかったことは、「ガイジンの同僚諸君、日本はたしかにstrange and differentな『ルール』がたくさんあるけど、『他人に迷惑をかけないように』という“黄金律”があることと、その場の『空気を読む』ことの大切さを知っておけば、とても快適に暮らせる国だよ。Easy-peasy(とっても簡単なこと)さ」ということのようだ。ガイジンだけでなく、日本人が観てもなかなか面白い記事が多いので、一度見ることをおすすめする

(URLはhttp://www.lifewhereimfrom.com/

 

現代日本のタブー(目次)

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【目次】

<はじめに>

 

Part1.ガイジンが見つけた日本のタブー

  • 日本は「右側通行」なのか「左側通行」なのか?
  • 神社と寺はどう違うのか?
  • やたらと多い、公園の「禁止ルール」
  • 謎の“レッド・コーン”にも注目
  • 喫煙者のための“聖域”まである
  • 「ルール」が無さ過ぎる建物
  • 結論、「日本的『ルール』を守って住めば快適だ」

 

Part2.ひと月の間に起きた事件とタブー

 

Part3.日常生活やカジュアルな光景に見るタブー

  • 「嫌い箸」や“回らない寿司”の話
  • ハラール、コーシャ、ベジーへの対応
  • 日本人だけが好む「八重歯」
  • 日本人でもとまどう、「上座」「下座」
  • 未だに「言霊(ことだま)」が存在
  • おかしな、おかしな「敬語」の使い方
  • 残念な結果になるコミュニケーション
  • 「大安」を喜び、「仏滅」を嫌う
  • 着物の襟が左右反対だと笑われるわけ
  • ローカルな敵対意識が残る面白さ

 

Part4.消えるタブーと増えるタブー

  • 性的少数者に対する偏見はどうなる?
  • 「女性活用」政策のための和製英語
  • 世界は「日本の人権状況」に厳しい
  • 移民・難民問題に鈍感すぎる日本
  • 構成員が激減する「ヤクザ」の陰で
  • 「右翼」とヤクザの違いは?
  • 偏在するネット・カメラが時代を変える
  • 宗教紛争に無知で「ノーテンキ」な日本
  • 「菊のカーテン」が再び揺れる時

 

Part5.タブーと向き合うための5つのキーワード

  • キーワード1 現実的視点:「ニッポン、いいね!」に距離を置く
  • キーワード2 闘う気構え:隣人は“地獄の使者”かもしれない
  • キーワード3 実利・結果の重視:何でも「道」にするのはやめて
  • キーワード4 個性と独立心:「自分らしさ」を愉しみ尊重する社会
  • キーワード5 行動ファースト:「弱者」に寄り添う方法を身につける

 

<終わりに>