h.Tsuchiya

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爺本26 司馬遼太郎 『故郷忘じ難く候』

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チンジュカン

 短編3本の表題作は陶工・第14代沈壽官(チンジュカン)さんがモデル(彼は令和になって亡くなった)。書評については、ブロガー「新・遊歩道」さんのものがとても素直ですばらしい https://blog.goo.ne.jp/tkgmzt2902/e/139473fd68aa5457ebe31d0d0a34e866……一部引用すると、「苗代川は秀吉の朝鮮出兵の折に捕虜として日本に連れてこられた朝鮮人の村でした。そこで14代沈寿官と出会います。」「活発な作陶活動が始まります。独自の白薩摩、黒薩摩を世に送り出しました。幕末の薩摩藩は十二代沈寿官を中心に洋食器も作り、長崎経由で輸出して巨利を得ました。パリ万博、オーストリア万博での出品も薩摩焼の評判をさらに高め、この時が苗代川のもっとも盛んな時でした。」「14代沈寿官氏が招かれて渡韓した時に、ソウル大学で講演をしました。
『韓国の若者は誰もが口をそろえて三十六年間の日本の圧政について語ります。もっともであるが、それを言いすぎることは若い韓国にとってどうであろう。言う事はよくても言い過ぎるとその時の心情は後ろ向きである。新しい国家は前へ前へと進まなけばならないというのに・・・・・・あなた方が三十六年を言うなら、私は三百七十年を言わねばならない。』この時、沈氏の言葉は学生たちの本意に一致しているという合図を歌声にして湧き上がらせました。この言葉を日本人が言ったとするなら学生は反発したでしょう。しかし沈氏が何者であるかを学生はすでに知っていました。学生たちは沈氏へ友情の気持ちを込めて歌ったのでした。沈氏は壇上で呆然となり涙が止まりません。」……韓国大統領は何かにつけて壬申倭乱を話題にするが、こんな深いエピソードは知らないようだ。もっと大人の日韓関係史を学ぶ人には必読だ思う。

「家・土地をタダ、さらに10万円あげます」

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家・土地あげます

 実家処分計画を実行に移すことにした。計画通りなら「田舎の空き家」に困っている人たちに、一つの方法を示せるかもしれない……頻繁に帰省して多大な労力と時間と資金を使って「買い手」を探すなんて、もう無理だろうと思う。……「投機・転売目的はお断り」と書いたが、そういう人は必ず出てくるだろうし、「片付け謝礼金」とした10万円だけが目当てという人もいるあもしれない……国などがNPOで「ランド計画」を進めるようだが、どこに問題があり、どんなノウハウが必要かも分かるかもしれない……今度の15日夕方から18日昼まで佐渡に帰るので、ともかくこのチラシを色んな「インフルエンサー」(影響力ある人)に届けるのが先決だと思っている。拡散・転送お願いします。

ほぼリアル「就老(就活老人)日記」(その37)

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熱中症

(朋輩たち、死ぬなよ!)
 交通警備の仕事を始めたのは去年11月下旬だった。終日露天だから冬の寒さ対策に気を使ったが、先輩たちは一様に「キツイのは冬より夏だぜ」と警告していた。その夏が来て、連日キツサを痛感している……総務省によれば、7月29日~8月4日の1週間に熱中症で救急搬送された人が全国で1万8347人に上り、このうち24都道府県で57人が死亡したと発表……わが朋輩たちも7月26日に埼玉で男性警備員(66)が、8月2日には・江東区交通誘導員の女性(46)が亡くなっている。「具合が悪くなった」程度で統計値にのぼらない数は、このひと月でおそらく数百人にのぼるだろう……建築現場の土工など職人たちは、ファンを内蔵した「空調服」を着用する人が増えているが、警備業界は所轄の公安委員会に遠慮してこれを認めていない!自衛策としては規定違反承知でせいぜい首に「アイスノン」を巻くか袖まくりするしかない.。ドリンクについて「ポカリよりOS-1が効く。でもこれをウマいと感じたらもうヤバイ」なんて苦笑いだ。……これでは一層”ブラック労働”視されるのに、会社のホンネは1万円前後の装備費増を嫌がっているのだ。大局がわかっていない経営者ばかりだ……ワシの今の現場は比較的熱中症予防を気づかってくれているし、クーラーや冷蔵庫付きの詰め所もある……外のベンチには「熱中症指数計」もある。温度・湿度・輻射熱から割り出す「WBGT(熱中症指数)」は、「28℃」が目安。環境省でも毎日HPで地域別の指数を発表している。こうしたものを参考にして、朋輩たちよ、どうか死なずに生き延びて欲しい。空には秋の兆しのウロコ雲が出ている。もう少しの辛抱だから……

 

爺歌70 「リフレイン~♪」という英語

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refrain

 エヴァンゲリオンの『残酷な~』ではない方の主題歌が『魂のルフラン』、ジブリ『コクリコ坂』の『さよならの夏』にも「ルフラン」の歌詞、ワシにはちょっと苦手な3代目なんちゃらも『リフレイン』等々。ルフランorリフレインという言葉が使われる曲はたっくさんある。「輪廻」に似て一種の無常観があるからかなぁ?日本人は、「繰り返す」という意味の「リフレイン(ルフラン)」が好きなようだ…………でも今日、地下鉄車内のステッカー「マナーモードに設定の上、通話はご遠慮ください」を見て、違う「リフレイン」に気づいた(この日本語「~の上」というのが、厚かましい感じだと評判が悪いがそれは置いとこう)。要は、これに添えた英訳文。「Please set your mobile phone to silent mode and refrain from making calls.」とある……この場合の「refrain from ~ing」は「~をお控えください」という「お断り」の意味。「Do not」より丁寧な感じになる(ようだ)……何で、まるで意味が違うのに同じ単語なんだ? 元は別々のフランス語だったらしい。そういえば、こういう同スペル異義語には、Bank(銀行/土手)、Right(右/正しい)、Date(日付/デート)なんてのもあるなぁ……ともかく、英文が増える日本では、「禁煙」や「ポイ捨て禁止」などに「refrain from ~ing」が多用されそうな気がする。

爺飯84 王国・新潟の「十全ナス浅漬け」

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十全ナス浅漬け

 さっき調べて知ったのだが、ナスの作付面積では新潟が日本一、なのに出荷量は全国20位。それだけ県内で食べてしまうということだろう。たしかに自分も夏はナスをたくさん食べた。だが、同じ県でもワシの育った佐渡は食文化が違う。丸くて巾着のような「十全(じゅうぜん)ナス」がなかった(今は作っているかも)……親の転勤で移った新潟市で初めてその浅漬けを食べ、子供ながら「なんて旨い漬物か」と感動した。十全町という場所を発祥とし、魚沼から中越新潟市周辺で栽培されるこのナスは「新潟ナスの女王」だと思う……今日、仕事現場でコンビを組む先輩から自家製の浅漬けをもらった。先輩の元稼業は八百屋さん。自家製漬物も売っていたというし、その義姉さんがつくった「十全ナス」を新潟県人の奥さんが漬けたのだから、本場&プロの味。元の品種は泉州(大阪)の水ナスだというから、ナス好きなら想像できるだろう。「ガブリとかむと、皮がはじけて漬け汁がジュッと飛び出してくる。他の漬けナスにはない、ジューシーな甘みがたまらない」とネットで評価する人がいたが、その通り。紺色と果肉の薄黄色も美しい……これを土産や通販で買うと安くない。3パック(9個)で2850円(税、送料込み)とかになる。ま、他の店も1個100円ぐらい……そのありがたみも旨さのうちだったかも。

爺本25 『恐るべき子供たち』(萩尾望都)

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コクトー

 『ポーの一族』『11人いる』などで知られ、竹宮恵子と並んで男性ファンも多いのが女性漫画家の萩尾望都。彼女が1979年にジャン・コクトーの小説『アンファン・テリブル(仏: enfant terrible)』を漫画化(1979年)したことで、この作家と作品が日本でも広く知られるようになった……物語の方は、姉弟2人が暮らす世界に美少年が入り込んだことで起きる悲劇(1929年)であるが、この美少年が「年上の者を困惑させる子供」「型破りであったり思慮に欠けていたりする言動によって、仲間や関係者の体面を傷つける人物」、つまりンファン・テリブル、モンスター・チャイルドなのだ……だが、作品発表から半世紀以上たつと、「著しく型破りで、革新的、アバンギャルドであり、非常に成功を収めた人物」などと、若き才人を誉めるようなニュアンスが出てくる……それは作者コクトーの像を重ねるからかもしれない。何しろこの人、、詩や絵画・小説・映画・批評などアートなら何でも来いの「芸術のデパート」なのだ。写真の見た目は病的っぽいが、ちゃんと74歳まで生き、表題作の映画脚本も手がけている……今日、この本を取り上げたのは、日本人の「子育て格差」?が拡大しているかも、と思ったから。デキの悪すぎるガキと親の組み合わせを立て続けにみかけたのがきっかけだ(詳しくは別途書くかも……)

爺歌69 どっちやねん?「心の傷」v.s.「体の傷」

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 シグナルというバンドは『20歳のめぐり逢い』で「手首の傷は消えないけれど♪心の痛みは僕がいやしてあげる♪優しさで」と唄っている。一方、ジュリーは『時のすぎゆくままに』で、「からだの傷ならなおせるけれど♪心の痛手はいやせはしない」と唄っている……「心の傷」v.s.「体の傷」、はたして癒せるのはどっちやねん。ネットでは自称カウンセラーどもが、「こちらは直せるが、そちらはどうも……」とかテキトーなことを言っている。ワシに言わせれば、傷がいつまで残るかは深浅によるのだし、PTSDになるか否かはその人しだい。そういうドーデモ良いことを口にするのは、口説き文句にしやすいからだ……面白いのを見つけた。「ことばんそうこう」というバンドエイドみたいなものだが、「痛いの痛いのとんでけ~」とか「まけんな」とかの言葉が印刷されている。「傷を、体と心の両方からなおすため」だそうだ。ま、こうなるとちっとも色っぽくないけどね……ちなみに冒頭の2曲はともに1975年。両方とも老け込んだ爺だけど、声がまだ生きているのはジュリーだった。すごいもんだ。