h.Tsuchiya

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爺飯47 貧賤な夕食余話

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 唐の詩人・元稹は、産褥で亡くなった妻に「結婚した頃は貧しかったね。今の自分の生活は少し良くなったけど、お前のことを思い出すたびに悲しくなるよ」という詩『貧賤夫妻百事哀』を書いた。 

 これが現代の香港では意味が違って、「貧乏暮らしするようなら結婚も哀しい」という言葉として流布するという。『名もなく貧しく美しく』(1961年)とは正反対。夫婦観、貧富観の違いもあるようだ。

 さてそれはそれ。ワシも貧乏だから夕食も貧賤。今夜のメシは安かった鰯を佃煮に、ごぼう天と大根を煮、干し大根皮とキュウリを梅肉で和えた。……塩分過多かもしれないが、食欲を取り戻したいと思った。妻というべき家人がいないことがかろうじて救いかもしれない。

今日知った!「赤玉急行便?」

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 暑さのせいか気力も失せる日々が続いたが、今朝は涼しかった。そのせいか好奇心が少し復活。晩酌がてら見た映画は『Red Ball Express』(1952)。直訳すれば「赤玉急行便」。英語辞書では「Red Ball=急行便」とある。第二次大戦末期のフランス戦線で活躍した米軍トラック兵站部隊名である。。ピーク時には5,958台の車両を運行し、1日当たり約12,500トンの補給を行った。そのため民間の交通機関を閉鎖し赤い目印を付けて優先通行を認めた。運転手のほとんどは黒人だった。Red Ball はもともと、1892年頃、 サンタフェ鉄道が優先貨物と生鮮食品のために速達便にそれを使用していたというから伝統はあったのだろう。……この齢になるまで、まったく知らなかった。21世紀の島国ニッポンには、Wikiにも載ってないことがまだまだ沢山ある。もっと知識と智恵を掘り起こさないと死ねないねぇ~。

 

爺歌34 「精霊流し」と宮崎康平

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 今夜8月15日夜から長崎では盂蘭盆送り火行事「精霊流し」が挙行され、深夜から現地の民放ネットでも中継される。「精霊流し」が有名になったのは、現地出身・さだまさしの大ヒット曲による。結果だけみて「名曲だ、さだくんは天才」と持ち上げるが、グレープ最初の「雪の朝」は8000枚しか売れなかった。すべてのヒットは時の運と熱心な応援者無くして生まれない。さだくんの場合は、父の友人だった土建会社社長で島原市生まれの古代史研究家・宮崎康平氏がいた。彼の著書『まぼろしの邪馬台国』(1976 )は、邪馬台国が島原にあるという学説で2008年に映画にもなった(吉永小百合主演)。その宮崎氏に詞をみてもらって誉められて自信が持てたし、深夜放送アナらの応援も得て、手弁当状態で売り込みに奔走したのである。こういう人の支援がなければ陽の目をみなかったはず。なお、ヒット後、グレープの悪口を一番言いふらし、アンチ・グレープを形成したのはあのタモリだ。世間を単純に「明るい、暗い」と分けた。「『暗い』の代表がグレープだ」と。タモリはタレントとして功罪相半ばする。……本当の「精霊流し」は飾りと爆竹で賑やかかつ明るい。興味ある人は長崎放送NBC)、テレビ長崎(KTN)などの中継サイトを。

556 「天保老人」への憧憬(しょうけい)

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 日本史で習う「天保の改革」で知られる江戸末期の「天保」(1831~45年)は、実は大変な時代で、大飢饉、大塩平八郎の乱 蛮社の獄 伊勢お陰参り流行があり、木戸孝允福沢諭吉坂本龍馬大隈重信山縣有朋黒田清隆伊藤博文など明治の元勲が生まれている。この「天保生まれ」がやがて老人になった頃、やたらと懐旧談をして周囲の顰蹙を買った。老いの繰り言、老生常谈である。そのため明治の20年代に「天保の老人」という言葉が流行、当時24歳の徳富蘇峰の言であり、大変なネガティブ・ワードだった。だが、現代になって「そんなことはない。彼らに学ぶことは多かったはず」と擁護したのは、リベラル系学者の内田樹(うちだたつる)。彼は、「おじさん」という概念は、おそらくは幕末から明治30年代を淵源とする近代の発明であり、それ以前に「おじさん」は存在しないと喝破している、だがその内田も1950年生まれの「昭和老人」だ。……ワシが昔語りの伝承者を探しているのも「天保老人」への憧憬からなんだけど、FB仲間では浮いている(笑)。

爺歌33 「歌謡映画」の実写『サザエさん』

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 曲が先行するか映画が先行するかの違いはあるが昭和30年代前後にヒットした当たり企画が「歌謡映画」だった。ミュージカルと違って映画の筋と脈絡不明に突然スターの歌が始まる。昨今のボリウッド(インド映画)並み。江利チエミの実写版『サザエさん』シリーズ(1956=61年の⒑作品)はまさにそれ。「ビビディ・バビディ・ブー」「バナナボート」「男はみんな狼よ」から「さのさ」まで出てくる。歌は抜群の進駐軍アイドルで吉本所属の芸達者、不思議と違和感がない。というかリアルで観たマセガキのワシはワカメ役松島トモ子ちゃんのパンチラスカート姿にボーッしてた。カツオ役は「小畑やすし」。坊主刈ではない・当時の子役少女は少女雑誌の表紙の常連。小鳩くるみ二木てるみ、古賀さと子、鰐淵晴子姉妹……いや、よく覚えてるもんだな(汗)……初代三人娘の仲間・ひばりも「歌謡映画」の人気もの。『悲しき口笛』『タヌキ御殿』『旅笠道中』とたくさんある。佐渡を舞台にした『ひばりの佐渡情話』(1962)は曲のヒット先行型。「ナジョして泣く♪」という歌詞の方言部分が地元民には不明&不評だった。ともかく「歌謡映画」は、妙に愉しくなるから観てくだされ。

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爺時5 スマホ普及率逆転の2013年

 

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 物心つく前の時期や仕事にかまけていた時期、忘れたくなる時期……人には色んなブランク(空白)時期がある。それをちゃんと知っておきたくて、今は1950年代のことを意識的に調べている。その作業をしながら気づいたのは、こんな”調査”は今だからできるんだということ。Wifiスマホがあり、YouTubeSNSがある。Wikiや翻訳アプリもある。映画や証言、青空文庫、無料DBも使える。これらを駆使して疑似体験ができ、同時にマルチに調べが深められる。たぶん、世界中に同じテーマを調べている人がおり、彼/彼女らと交流もできる。こんなのは人類初の体験だろう。……それはそうとして、「Smartphone zombie」とか「Don’t Texiting」と言う言葉がある。ながらスマホへの警鐘は世界中で起きている。2013年に普及率でガラケーを上回ったこの便利すぎるギアだが、本当に使いこなす知恵が人類には足りない。2045年を待つまでもなく、「シンギュラリテイ」はもう始まっているのかも。

花火大会と『裸の大将』

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 昨夜は明治神宮花火大会。雨の晴れ間で挙行されたが、わがマンション恒例の屋上鑑賞呑み会は大家さんの気象判断で早々に中止だった。ひとり部屋呑みで観たのが『裸の大将』(1958年東宝版)。放浪の画家・山下清を最初にモデルにしたのはこの作品だろう。強い映像記憶力を持つ(サバン症候群?の)彼を精神病理学の研究対象に取り上げ、スケッチ旅行にも同行したのは式場隆三郎(新潟医科大)で、その彼が原作・監修もしている。そのアドバイスを取り入れた小林桂樹の演技が良い。後年、TVドラマの雁之助や塚地(ドランクドラゴン)のお手本になっていると思う。ただしこの映画は清の「嫌軍感情」色が強い。脚本がバリバリ左翼の水木洋子だから……。ちなみに清の本籍は我が村(佐渡・新穂)だった。母シゲの実家があったから。昨夜は実物の花火でなく、清の貼り絵「長岡花火」でイッパイやった!