RIPE's blog

記事の中身は「R65」。年の功がある人(RIPE)向け。でも若い人も大歓迎ですよ(笑)

唄ってはいけない「あの歌」

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 明日は衆院選挙だが、やくざなボクにはどうでもいい。それより気になるのは、「時に元禄十五年十二月十四日~♪」でおなじみの「赤穂浪士討ち入りの日」だということ。西暦に直せば、1703年1月30日だという説もあるが、それじゃ雰囲気が出ない。

 昔の日本人はこの「忠臣蔵」物語が大好きだった。歌舞伎はもとより、大手の映画会社が巨額の予算と豪華スターを投入して、競い合って作ったものだし、その良き伝統は、TVになっても続いたし、何度も現代風に作り直された。ボクはそのほとんどを観たと思う。

 名場面だらけの「忠臣蔵」の中でも、ボクが一番好きなのはこの場面。討ち入りとともに、大石は隣家へ趣旨を告げた。「この騒ぎは何事か」と起き出したのが、隣家の旗本・土屋主税(逵直みつなお)。すぐに情況を理解して、吉良家との塀際に、土屋の紋所である三ツ石を描いた高張り提灯を立て並べ、「塀を越えて逃げ来る者があれば、容赦なく弓を射よ」と家臣たちに命じた。明らかに赤穂浪士たちへの応援である。

 そしてみごと吉良の首をあげたことを、片岡、原、小野寺らが報告に行くと莞爾としてねぎらいの言葉をかけたのである。こういう応援団はほかにもいた。槍の修業に来ていた「そば屋」こと杉野十平次の正体をうすうす知って、ひそかに本懐を遂げよと念じていた俵星玄蕃がその人。陣太鼓を聞きつけて松坂町の吉良邸に出向いたものの助成は丁重に断られ、ではと、上杉勢が来そうな橋のたもとで石突ついて、赤穂浪士に邪魔する奴は何人たりとも通さんぞ」と仁王立ちした。でも、これは講談・浪花節の創作。架空の人物。そして、これを歌にしたのが、あの三波春夫。作詞の北村桃児は歴史ヲタクでもある三波の筆名。

 話がついつい長くなる。これがちゃんとカラオケにあって、この時期になると、ボクはこれが唄いたくてたまらなくなる。思い入れが深すぎるのだ。でもこれは大顰蹙を買うこと間違いない。8分30秒と普通の歌の3曲分もあるし、セリフや浪曲風の節回しも嫌われるのだ。う~ん、悩ましい。だから、YouTubeで我慢する。NHKの紅白で見せた名演に酔うのである。これは国宝級の絶品芸だと思う。