h.Tsuchiya

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君も「トラ、ときどきヒト」?

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 酔漢の噺ではない。唐代に李徴という男がいた。優秀だが「「自ら恃(たの)むところすこぶる厚く」、役人を辞めて詩人を目ざした。だが、芽が出ず多いに心ねじ曲がって鬱した挙句、人喰いトラになってしまう……山中で危うく襲いかけたのが旧友・袁傪だった。姿を隠したまま李徴は袁傪に苦しい胸中を告白する。「今少し経たてば、おれの中の人間の心は、獣としての習慣の中にすっかり埋もれて消えてしまうだろう」と。世を忍ぶ姿(トラ)と昔、志していた自分(ヒト)とのすさまじい乖離……そう。これは、中島敦の『山月記』……自分も、モノを書く習慣が消えつつあり、不要のことは感じず、考えず、言わずという仕事の習性が分厚いマスクになって張り付いた気がする……しかし、世間の多くの人も「トラ、ときどきヒト」なんじゃないかという気がする。それで愉しい人、気にしない人も多かろう……『山月記』は、高校の「現代文B」のすべての教科書に載っているというが、若い頃とは違う読み方をしている……で、四谷区・箪笥町生まれの親近感もあって、青空文庫にある中島敦ものは、南島ものも含めて全部読んだ。儒学者だった祖父を書いた『斗南先生』も良かった……その冒頭に、「海蒼茫 佐渡ノ洲 郎ヲ思ウテ 一日三秋ノ愁 四十九里 風波悪シ 渡ラント欲スレド 妾ガ身自由ナラズ。ははあ、来いとゆたとて行かりょか佐渡へだな」と出てくる。コロナで行くに行かれぬ気持ちの弦がビビ~ンと弾かれたよ。(コラ写真はBOKETE)