h.Tsuchiya

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「抜き書き帖」から森茉莉

 森鴎外の娘(1903-1987年) 。気位高くて気難しいと言われるが自分は好き。ブログにも何度か書いた。生活力なし。でも黒柳徹子とは初対面で意気投合したという辺りにピュアなものを感じる。文章が独特で上手い!
 「私は貧乏でもブリア・サヴァラン(注1)である。精神は貴族なのである。この頃流行の庶民は大嫌いである…(中略)……贅沢貧乏の名人で「代沢湯」の湯船に浸かっていて、西班牙のアルハンブラのバッサン(注2)を空想する(無論眼は瞑るのである。ちりちりの髪を洗っている真っ赤に肥った中婆さんや地獄の針の山に追い上げられている女亡者のような痩せさらばえたお内儀さんが見えたらおしまいである」(注1 サヴァランはリキュール入りのケーキでなく、その名を使われた政治家で美食家『美味礼賛』著者/注2 名産の大変甘い菓子)
 「私は仏蘭西好きだが、麺麭(パン)と紅茶とビスケットだけは英国に限る。……ビスケットには固さと、軽さと、適度の薄さが、絶対に必要であって、また、噛むとカッチリ固いうえに脆く、細かな、雲母状の粉が散って、胸や膝に滾(こぼ)れるようでなくてはならない。そうして、味は、上等の粉の味の中に、牛乳(ミルク)と牛酪(バタ)の香いが仄かに漂わなくてはいけない。また彫刻のように彫られている羅馬(ローマ)字や、ポツポツの穴が、規則正しく整然と並んでいて、いささかの乱れもなく、ポツポツの穴は深く、綺麗に、カッキリ開いていなくてはならないのである。この条件のどれ一つ欠けていても、言語同断であって、ビスケットといわれる資格はない。ヨークの薔薇のような英国貴族の娘の、白い歯に齧(かじ)られる資格はないのである。」
 そしてこの美学とこだわりで男も選ぶ。最初の夫(山田珠樹)と離婚した後で「私は自分の夫が、父と比べて詩がないのが嫌だった」(『父の帽子』)