h.Tsuchiya

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長月の奇夢夜話(2)

●03 仔馬と寝る女
 屏風のような岩に守られた奥深い入り江に、大型クルーザーが陸に上がっている。周囲を低く積んだ石垣が囲む。ここがヨットやクルーザーの「キール(竜骨)」の設計者として名高い「センセー」の住居兼工房だ。「センセー」は偉ぶる風はなく、この入り江の波のように穏やかだ。そのふくよかな妻女の日課は、温まった石垣の上で午睡を愉しむこと。ゆるいS字の石垣の上には寝そべった彼女の頭側に、毎日隣の岬から回って来る郵便少年の黒い仔馬が寝ている。さらにその先には黒いラブラドール犬、さらに端には黒猫が寝る。この「ゴールデン・スランバー(黄金のまどろみ)」(the Beatrles)の習慣とスタイルがいつから始まったのか定かではない。おまけがある。この人と動物たちの午睡をキャビンの窓越しに見て「センセー」はホッコリ吐息をつき、デッキチェアに深く体を埋め、やはりまどろみに入るのだった。

●04 砂漠の「かちわり」
 アイヌの血を引く若い夫婦は、古い内外のフォークソングを歌いながら世界を回る旅芸人だった。主人はギターのほかに得意とするダウジング(dawsing)の道具を、妻はアイヌの楽器の口琴ムックリ)と皮一枚張っただけの太鼓を持つ。……シルクロードを西に向かった二人が着いたのは砂漠の遊牧民の集落だったが、どこの井戸も干上がる干天続きで民たちはこの地を棄てようとしていた。古老の話では、昔は西の高い山に雪が積もり、氷室さえあったという。若い夫は話にあった山の沢をダウジングで探り、ついに良質な水脈を発見した。そして車載型の製氷機を調達して、その水を使った「かちわり氷」(アイヌ語で「コンリ」)を作った。砂糖を加えたものの他に、ここの民たちが好むカモミールと砂糖の入ったコーヒー味の「コンリ」も作った。その評判を聞きつけてキャラバンの一行が次々とこの土地に回ってくるようになった。若夫婦は製法を民たちに教え、製氷機も販売する権利もすべて与えて、自分たちは次の土地へと旅立って行った。