h.Tsuchiya

My NEWS

「年の瀬」を越せぬ人、3話

 大晦日前の数日を「年の瀬」という。「瀬」は川底が浅くなったり川幅が狭くなったりして水流が急になる場所。日月の歩みを川の速い流れに例える。溜まったツケ金や気分の澱もさっぱりさせねば「年の瀬が越せない」。そんな切羽詰まった人間を描いた古い小説を3つ紹介。
●1)織田作之助『世相』
 いつも自分の非才を嘆くオダサクは性分としてエロやグロな世相に魅かれてしまう。でも大阪下流民を描かせたら『夫婦善哉』や坂田三吉ものが書けるウデがある。『世相』はのっけから老いた元教師がヤミ煙草の押し売りに来る。途中、スタンドバーのマダムや阿部定の話が入るが、元床屋がまたもカネの無心に来る。金癖の悪さに呆れるが、一方で小説のネタにならぬものかと考え、「年の瀬の闇市でも見物」と昭和20年の戎橋筋まで出かけるのだった。(生國魂神社のオダサク像)
●2)樋口一葉『大つごもり』
 女中のお峰が主人公。周囲を含めた貧乏ぐらしぶりを華麗なほどの美文で綴る才能に魂消てしまう。「つごもり=月籠り」で陰暦では毎月末が月の隠れるサイクル。12月だからとくに「大つごもり」(でも文中には「大晦日」が出てくるだけ)そのお峰は大好きな伯母一家が病人と幼い子を抱えて暮らしに困り、何とか2円を用立ててくれと頼まれる。窮したお峰は奉公先の金を盗んでしまうが、驚きの結末が待っていた……(珍しい笑顔の一葉は、森永タミーさんの作品らしい)
●3)岡本かの子『家霊』
 舞台は老舗の「どじょう屋」。押し迫った暮近い日、店を閉めようとする時分に老人の客、彫金師・徳永だ。ツケが溜まっているのに毎晩来てご飯付の泥鰌汁をせがむ。「死ぬにしてもこんな霜枯れた夜は嫌です。今夜、一夜は、あの小魚のいのちをぽちりぽちりわしの骨の髄に噛み込んで生き伸びたい――」とのたまう。ここがひどく印象に残る(モデルはたぶん「駒形屋」。どじょうの丸鍋の方ではない)

 てなことで今日で仕事納め。何とか年の瀬を越せそうだ。「年越し蕎麦」が楽しみだな。