
アニメ「トトロ」の中で、サツキが入院中の母に書いた手紙が出てくる。中味はトトロに会ってドングリをもらったこと、そして妹のメイがそれを植え、「早く芽を出せ」と毎日「さるかに合戦」のカニみたいですと書いてある。
これを見て「猿蟹合戦」のスジを忘れていたことに気づいた。で、調べ出したら思わぬ迷宮に入った。戦後の子供向けは猿が蟹(の子孫)に降参して仲直りするという話になっている。だが、大正七年(1918)の「尋常小学国語読本」では猿の首が蟹のハサミでチョン斬られる復讐談だ。さらに蟹を助けるチームメンバーの顔触れにも違いがある。また芥川龍之介は合戦後に蟹が逮捕され裁判で死刑になる話を書いた、退屈で面白くない。
一番ずっこけたのは「司馬遼太郎が『猿蟹』を書いたらどうなるか?」という設定で書いた清水義範の『猿蟹の賦』(『夏草の賦』のもじり)で、蟹チームの一員「牛の糞」をこう書いた。
「ここで、奇妙なものが登場する。
うしのくそ、
である。
世界中の例をさがしてみても、うしのくそ、などという馬鹿なものが登場する戦いはあるまい」(清水『蕎麦ときしめん』所収)。改行多い文体や「余談」が多いひねりなどに「そうそう」と笑わされる。こういう模倣ものを「パスティーシュ(pastiche)」ということも知り、清水の多能ぶりに呆れた。(彼のことは別に記事にする予定)