h.Tsuchiya

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中秋名月にちなんで「月見うどん」

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月見うどん

 今年10月1日(今日)は旧暦8月の「十五夜」=中秋節。台湾も香港も休日。中共国慶節休みも重なって10連休とか。日本でも横浜中華街の重慶飯店が恒例の「巨大月餅」を作って公開(場所はローズホテル)……正しい月齢だと、今夜はまだ十三夜ちょい。満月は明日2日の朝6時頃らしい。でも今月は31日にもう一度満月がある……ま、他所のこと、天空のことはどうでもいいや。気分もちょうど「月見うどん」が食べたかったから、脇役に「かやくめし」も作り、手製の「シバ漬け」も添えた。わが記事としては春以来、久々の「メシネタ」であります……「食べたくなった」理由を明かすと、この頃毎晩、寝落ちするまで、YouTubeで「うどんそば」さんのそば屋めぐりルポ記事を観ているために、むしょうに麺類が食べたかったのです。おもに西日本ネタが多いんだけど、実に、ヨダレの出るイイ動画なんです。「月見うどんにかやくめし」の名店は、大阪天下茶屋の「坂出」編だった。https://www.youtube.com/watch?v=pECNJWfoLI8……ハイ、わし、食い物話にすぐに影響されるんです(笑)

君も「トラ、ときどきヒト」?

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 酔漢の噺ではない。唐代に李徴という男がいた。優秀だが「「自ら恃(たの)むところすこぶる厚く」、役人を辞めて詩人を目ざした。だが、芽が出ず多いに心ねじ曲がって鬱した挙句、人喰いトラになってしまう……山中で危うく襲いかけたのが旧友・袁傪だった。姿を隠したまま李徴は袁傪に苦しい胸中を告白する。「今少し経たてば、おれの中の人間の心は、獣としての習慣の中にすっかり埋もれて消えてしまうだろう」と。世を忍ぶ姿(トラ)と昔、志していた自分(ヒト)とのすさまじい乖離……そう。これは、中島敦の『山月記』……自分も、モノを書く習慣が消えつつあり、不要のことは感じず、考えず、言わずという仕事の習性が分厚いマスクになって張り付いた気がする……しかし、世間の多くの人も「トラ、ときどきヒト」なんじゃないかという気がする。それで愉しい人、気にしない人も多かろう……『山月記』は、高校の「現代文B」のすべての教科書に載っているというが、若い頃とは違う読み方をしている……で、四谷区・箪笥町生まれの親近感もあって、青空文庫にある中島敦ものは、南島ものも含めて全部読んだ。儒学者だった祖父を書いた『斗南先生』も良かった……その冒頭に、「海蒼茫 佐渡ノ洲 郎ヲ思ウテ 一日三秋ノ愁 四十九里 風波悪シ 渡ラント欲スレド 妾ガ身自由ナラズ。ははあ、来いとゆたとて行かりょか佐渡へだな」と出てくる。コロナで行くに行かれぬ気持ちの弦がビビ~ンと弾かれたよ。(コラ写真はBOKETE)

語り継がれぬディテール

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トトロの細部

 自分ちにはTVも新聞もない。が、今夜14日のTV映画(金曜ロードショー)が『となりのトトロ』だというのは知っている。もう十数回も放映されてるのに根強い人気だ。自分も何度も観た……でも、だんだん寂しく思う。なにせ1988年の封切りから32年(宮崎駿も79歳)。映画に描かれた1950年代半ばの田舎(狭山辺り?)を伝える細部(ディテール)がわかる世代が消えかけている……ポンプの呼び水、五右衛門風呂、交換手経由の電話、サナトリウム、手紙にある「猿カニ合戦」、蚊帳、自転車の「三角乗り」等々……『トトロ』は、西岸良平三丁目の夕日』的な懐古ファン狙いではないから、これらの細部は、主題にも展開にも影響はない。でも、この細部の力が衰えると説得力や情感のふくらみがやせ細るのは間違いない。でも細部すぎて、いちいち解説してたら煩わしい。それが悩ましい……『トトロ」に限らない。昔の映画や文学に触れても、その細部が良く分からないものがたくさんある。語り継がれぬまま無視され、消えてしまう事柄のなかには、実は奥深い”物語”があるのではないかと気になってしかたがない……『トトロ』を孫たちと観ているジジババさんたちは、知っている細部のことは、うるさがられても解説してあげた方が良いように思う。ジジババの役目のひとつだから(笑)

日本語にはない「困った連中」

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 先日の現場は戸建て住宅の生コン打設。ミキサー車からポンプ車に生コンが運ばれ、太いパイプを動かしながら型枠に流し込む作業……その様子を少し離れ場所から幼女が熱心に見入り、時おり傍の母親が何か説明していた。ひとしきり観た後、親子は警備の我々に「ありがとう」と言って家に帰って行った。その様子がすごく微笑ましかった……どこでも色んな人が行き交いながら現場を観て行くし、何かしら話しかけられることも多いが、気分を害さない程度にそっけなく対応するのが賢明だ。でも、海外には度を越した”野次馬”がいるらしい……イタリア・ボロ―ニャの方言でこれを「Umarells」(ウマレルス)という。このウマさん連は、「手を後ろに組みながら建設現場を観察して、求められてもいない助言をする年配男性」である。3年前くらいから「うちの国にもいる」と話題になり、Wikiに載り、フィギュアまで通販されるほど……建設現場だけではない、「空調の業者の人がやって来た時、父親はその人に子犬のようについてまわって暖房や冷房について知っていることを片っ端から喋る」というのも同類らしい。フランス語では「badauds」と呼ばれ、スペインじゃ「miraobras」とか「「歩道の親方」と呼ぶ。USAでも「建設現場主任」と呼ぶそうだ。英国に多い運河を行き交う船の操縦を見物して余計な助言をするのは「gongoozler」と呼ぶのだそうだ……でも日本にはこのウマさん連中を表する概念・言葉がない。余談(朗報?)LINEスタンプだけだった「現場ネコ」にフィギュアとぬいぐるみ登場。

小学6年生に「SDGs」が常識なのか!

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SDGs

 日能研が昔から出している電車の額面広告「シカクいアタマをマルくする」シリーズにはファンも多そうだ。今日見たのは清泉女学院中学校の社会の入試問題。「新しい家電に買い替えることがSDGsに繋がると思う理由を2つのべよ」というもの……「持続可能な開発目標」(Sustainable Development Goals by 2030)運動を支持している企業や個人は多いが、まさか中学入試に出るご時世とは思っていなかった。たしかに教育啓蒙現場に受けそうだと思う。だが、70歳・交通警備員の自分の周囲にはこれを話題にする人は、誰もいない……自分は変わり者だから自説は持っているがここには書かない。去年は、中学生の高校受験模試(国語)に「ブラックスワン」が取り上げられていて驚いたが、言いたいことは「人生いつまでも勉強し続けなきゃならんなぁ」ということ……明日7月17日は二十四節季の「小暑」で七十二侯の「鷹乃学習(たかすなわちがくしゅうす)」である。鷹のヒナが巣立ちのために飛ぶ稽古を始める時期だそうだ。日本式「七十二侯」は明治に改訂されたものだからピンとこないものがあるが、想像力を刺激される……ところで「稽古」の「稽」の意味は「比べて考えること」だという。考えずにやみくもに同じことやるのは、ちと違うようだ。

「榎の僧正」って噺、憶えている?

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榎の僧正

 東京の小さな公園などには真ん中にドカッと「榎(えのき)」が茂っていることが多い。巨木に育ちやすく、この時期、長いムチみたいな枝に葉が揺れている……で想い出したのが『徒然草』(四十五段)にある「榎の僧正」の噺。古典の授業でこれだけ覚えている。実に笑える……14世紀に実在した京都のお坊さんで良覚という人がいた。血筋も良く、叡山大僧正も務めたのでプライドの高い人だったが、「きわめて腹悪しき(怒りっぽい)人」だった……彼の寺は大きな榎(えのき)があったため、人々は彼を「榎の僧正」と呼んだのだが、これが当人には我慢ならない!「ワシより榎が偉いのか!」と怒り、この木を切り倒してしまった……すると、残された大きな切り株(きりくい)のために「きりくいの僧正」と呼ばれ……株を堀棄てたら大きな穴に水が溜まり、とうとう「堀池(ほりけ)の僧正」と呼ばれることになったとさ……『徒然草』はここまでだが、『まんが日本むかし話』版では、さらに堀池を埋めた跡に立て札を立て「ワシの名前は良覚である。変な通り名で呼ぶべからず」と書いた。するとついには「立て札の僧正」と呼ばれた。「これなら昔の『榎の僧正』の方が良かった」と悔やむオチになっている……よくできてるね。余談:「榎」は国字つまり日本固有の漢字だと知った。面白いから国字を調べたらとにかく一杯ある。「凧、匂、噺、峠、塀、枠、畑、裃、躾、鯰、鰯、麿……」う~ん、知らんかったよね~。

「香港の地下国歌」が唄われる時

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海闊天空

 SNSやブログで政治寄りのことは書かないと決めているのだが、どうも香港が気になって仕方がない。6月末に「香港国家安全維持法」(国安法)が施行され民主化活動家たちが次々と脱出している。一国二制度の崩壊だ。2014年の「雨傘革命」のような抵抗はもう無理なのか……写真は2014年のデモに集まった人々の合唱風景。「自由な自分は、いつまでもこの歌を唄って千里を歩き抜く」との歌詞で、タイトルは『海闊天空』(1993年)。作ったのはBEYONDという香港ロックバンドの黄家駒(ウォン・カークイ)。今の香港の情況では集会すら難しいが、台湾の人たちは応援集会でやはりこの歌を唄っている。日本語歌詞もある。別名「香港の地下国歌」……BEYONDは日本デビューを進めていた矢先、フジTVのバラエティ番組で黄家駒がセットから転落して死去するという事故が起きた。遺体が香港に戻って行われた葬儀が27年前の今夜から明日にかけてだった。痛ましい限りだ。日本人でこの事件とこの歌を覚えている人は少ない。それがまたせつないが……世界に散らばり始めた香港の人たちのココロを繋ぐのは、この歌だけではないかと思う。